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大阪地方裁判所 昭和38年(行)49号 判決

原告

被告

大阪刑務所長

山本義明

右指定代理人

氏原瑞穂

外五名

主文

原告の請求を棄却する

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、申立

原告

被告が昭和三九年二月二六日から昭和四一年九月五日(本件口頭弁論終結時)までの間原告に対してなした昭和二四年法務府矯保甲四七号法務総裁訓令収容者食料給与規程所定四等食の糧食給与処分を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

被告

本件訴えを却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二、原告の請求原因

一、原告は、昭和三九年二月七日から大阪刑務所に在監する受刑者であるが、同月二六日から現在(昭和四一年九月五日本件口頭弁論終結時)まで、被告から、収容者食料給与規程(昭和二四年法務府矯保甲四七号法務総裁訓令。以下、「規程」という。)所定四等食の糧食給与を受けている。

監獄法(明治四一年法律二八号。以下「法」という。)三四条が、「在監者ニハ其体質、健康、年齢、作業等ヲ斟酌シテ必要ナル糧食及ヒ飲料ヲ給ス」と定め、監獄法施行規則(明治四一年司法省令一八号。以下、「規則」という。)九四条一項が、「在監者ニ給与スル糧食ノ種類及ヒ分量ハ左ノ如シ一、飯(米十分ノ四麦十分ノ六)一人一回 米一四八瓦以下 麦一六八瓦以下 二、菜一人一日三十五円以下」と定めているが、原告が被告から給与を受けている糧食の内容は、主食(飯)は規程所定四等食として一回一合四勺(米四麦六の割合)、副食(菜)は一日二九円三〇銭(口頭弁論終結時)である。

二、しかし、右法三四条、規則九四条一項は、国民が健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有することを定めた憲法二五条一項に違反するものであつて、被告の原告に対する前記糧食給与は違法である。その理由は、以下のとおりである。

(一)  法三四条の規定じたいの不当。

法三四条は、糧食の基本的分量を明らかにせず、普遍的抽象的規定であつて、糧食の基本的分量を改変自在で不安定な規則に委ね、その根底には活殺自在、最小限度に与える式の恩恵的独善の規定である。

(二)  主食(飲)について。

(イ) 米四麦六の割合の主食は、今日刑務所以外では見られないものである。

(ロ) 主食の分量は、戦前昭和一六年頃まで、次の表の上欄のとおり定められていた。在監者に対し、三度の食事以外に飲食摂取の自由、副食選択の自由等の無いのを憐れんで、せめては主食だけでも十分摂取させて、飢餓感を除去し、併せて熱量源に資せしめたものと思料される。

(主食分量表・一人一回)

戦前(昭和一六年頃まで)

現在

一等食三合(四二六瓦)

二等食二合八勺

三等食二合六勺

四等食二合四勺

五等食二合二勺(三六瓦)

一等食二合二勺

六等食二合(二九〇瓦)

二等食二合

七等食一合八勺

八等食一合六勺

三等食一合六勺

九等食一合四勺

四等食一合四勺

一〇等食一合二勺

五等食一合二勺

(現在の四等食の作業が戦前の六、七、八等食の作業に相当する。)

しかるに、戦時体制下、食糧事情が逼迫し、米穀類の配給制度が布かれるや、行刑当局は主食の分量を右の表の下欄のとおり減量し、改悪したまま今日に至つているが、重大な失態である。現在の主食の分量は飢餓線上の分量であり、異常な空腹感に襲われる。

なお、昭和三八年法務省矯正甲六五六号矯正局長通達「収容者に対するパン食給与について」等に基づき、現在、週に一回、パン食が給与されているが、その分量も、前記主食等級分量に準じている。

(三)  副食(菜)について。

(イ) 副食給与の基準一人一日三五円以下では人間並みの献立は不可能である。現在の実際の副食代一人一日二九円三〇銭によると、一回の副食代は九円程である。この九円程の中には、みそ、しようゆ、食用油、砂糖、その他の調味料も含まれる。今日の食生活の社会通念からは想像もできない副食代である。

(ロ) しかも、大阪刑務所においては、例えば季節外れ、腐敗した野菜類を購入する等して、副食品類を市価より相当安い価格で購入しているけれども、歯の立たない鯨肉、腐敗寸前の鰺の干物、黒斑病で変質した馬鈴薯、とうの立つた青物類(菜つ葉、青ねぎ)等が副食として給与されている。もし、同刑務所の献立上の副食栄養量のとおりの給与があれば、その栄養量は所要標準栄養量に達していると考えられるが、実際には、右のように品質が悪く食べられない食品があるため献立上の栄養量の二〇%ないし三〇%を下廻るものが支給されているのである。このように品質の悪い副食は、山谷や釜ケ崎の最低の簡易食堂や生活扶助を受けている家庭でも見られないものである。

(ハ) 戦後の国民の生活文化水準の上昇に従い、戦前に比べると受刑者の副食の食品群も増加し、消費量も比例的に増加しているが、これは当然である。昭和三年及び昭和一〇年についてみると、受刑者の一人一日当りの副食代は、前者は三銭、後者は五銭であつたが、当時の一銭は現在の五円であり、或は一〇円であるかも知れないのであるから、現在の受刑者の副食は、その実質においては、戦前と大差がないのである。かえつて、戦前は、作業能率、行刑累進処遇令(昭和八年司法省令三五号。以下、「令」という。)による処遇階級に応じ、別菜と称して、ぜんざい、まんじゆう、魚肉等を週三回位副食の他に支給していたのであり、その実給副食は、現在よりも充実していた。

(ニ) 一般国民の熱量摂取は、主食六〇%、副食四〇%の割合であるが、四等食では、主食七七%、副食二三%というアンバランスである。

(ホ) ちなみに、自衛隊と刑務所とを比較することは当を得ないが、すくなくとも大量に物資を購入して成人男子に集団給食を行なう点で相似する自衛隊の食費についてみると、昭和三九年一〇月現在、一人三食(一日)につき、普通食は一六八円、非常に重い労務に服したときに支給される加給食(主食は普通食に同じ。)は一六八円プラス四〇円ないし七〇円である。主食は三食で六〇円程度であるから、普通食のばあい、一六八円の内一〇八円が副食代である。これを大阪刑務所の一人一日の副食代二九円三〇銭と比較するのに、異常な差がある。

(四)  結論

憲法二五条一項は、在監者を例外的に扱つてはいない。最低限度以下の糧食の給与は原告の生命の維持に危惧の念を与え、生存権を不安ならしめているのであつて、明らかに憲法違反と断定されるのである。刑の執行は、身体の拘束と強制労役で十分であつて、ひもじさや、菜の乏しさ等を与えるべきではない。受刑者の生活が生活保護法による要保護者の生活以上であつてはならないことはいうまでもないが、受刑者の食生活は、要保護者の食生活の「それ以下」の「更に以下」である。

要するに、原告主張の焦点は、受刑者の食生活の内容が「最低限度の生活の枠の中で、時代に相応した人間性のある食事」―ある程度の栄養も満たされ、牛乳や卵もあり、果物や甘味品もあるといつた食生活本然の「食欲をそそり」、「味覚を楽しませる」食事―でなければならないという点にある。現在、原告に給与されている四等食の糧食が時代相応の最低基準の線に達しているとは到底考えることができない。

三、よつて、原告は被告に対し、行政事件訴訟法三条一項にいう、行政庁の公権力の行使に関する不服の訴訟として、本訴に及んだ。

第三、被告の答弁と主張

一、原告の訴状の記載によれば、法三四条及び規則九四条の変更を求める、というのであり、右「変更」の趣旨が明らかでないが、本訴は、具体的な権利関係の紛争に関する争訟とはいえないから、この点においてすでに不適法な訴えであり、却下せられるべきものである。

現行制度上、裁判所に与えられている権限は具体的な争訟事件について司法権を行なう権限であるから、それが発動せられるためには関係当事者間に具体的な権利または法律関係の存否について争いがあることが必要であり、一般的抽象的な法律や政令の努力ないし合憲性は、具体的な権利などの存否を判断する際には前提問題として判断され得るに過ぎない。ところで、前記各法条が、原告などの特定の在監者だけを対象とするものではなく、その施行当時のすべての在監者およびその後の入監者全員を対象とする一般的抽象的な定めであることは、同法令の形式じたいから明らかである。また、前記各法条の内容からみても、法三四条は在監者の糧食の種類や分量について何ら具体的な定めをしていないし、規則九四条一項も原則的な糧食の種類とその最高限度を一般的に一応定めているだけで、特定の在監者に支給すべき糧食の種類や分量まで具体的に規定しているわけではなく、それは同条所定の範囲内においてではあるけれども、各監獄の所在地の社会経済事情や在監者の作業の種類ないし健康状態などに応じて、別に決定せられるべき問題であり、同条二項以下もこれを予定している。

このように、前記各法条は、原告のみを対象とするものでもなければ、それ自身で原告の具体的な権利義務に変動をおよぼすものでもないから、これが改正もしくは同法令の制定行為の取消を求める本訴は、司法作用に属しない事項について裁判を求めるものであつて、不適法な訴えであるといわなければならない。

二、原告は、昭和三八年一二月二三日大阪地方裁判所において懲役三年六月(未決勾留日数一五〇日通算)に処せられ、同裁判が昭和三九年一月七日に確定したため、同年二月七日大阪拘置所から大阪刑務所に移送された。そして、同月二五日までは考査期間として労役に服していなかつたため五等食を給与されていたが、同月二六日以降は居房内で軽労作に服しているので四等食が給与せられている。

三、本案についての被告の主張は、別紙昭和三九年七月二二日付被告第一準備書面(以下、「別紙被告準備書面」という。)記載のとおりである。

第四、証拠(省略)

理由

一(本訴の適否、糧食給与行為の性質)

被告は本訴が具体的権利関係に関しない争訟であり不適法であると主張し、本件訴状によると、原告が法三四条、規則九四条の規定に関し抽象的な争訟をするかのような記載もある。しかし、弁論の全趣旨によれば、原告の真意は本訴において刑務所長である被告が受刑者である原告に対して昭和三九年二月二六日から昭和四一年九月五日口頭弁論終結時までの間現実になした規程所定四等食の糧食給与を不服の対象としていることが明らかである。

ところで、刑務所長の受刑者に対する糧食給与が、刑務所収容関係という一種の営造物利用関係である特別権力関係にともなう公権力の行使にあたる行為であることは明らかである。しかし、それは次に述べるように単なる事実行為ではなく、その事実行為中に同時に原告に対して被告の決めた個々の糧食の給与を受忍すべき義務を賦課する被告の意思決定が含まれているのであつて、原告はこの受忍義務賦課の違法性をも主張しているというべきである。

すなわち、受刑者に対する糧食給与については、「法三四条が、在監者ニハ其体質、健康、年齢、作業等ヲ斟酌シテ必要ナル糧食及ヒ飲料ヲ給与ス」と規定するところである。同条の規定の意味するところを、鑑定人滝川春雄の鑑定の結果を基礎として、検討してみるのに、まず、在監者も等しく国民として憲法二五条一項の保障する健康で文化的な最低限度の生活を営む権利、すなわち生存権を享有することはいうまでもない。そして、監獄収容関係という特別権力関係による基本的人権の制限は、当該特別権力関係の目的に照らし、必要最小限度の、しかも合理的理由のある場合にのみ許されると解すべきであるが、在監者の糧食については、これを制約すべき合理的理由は何ら見出すことができない。したがつて、監獄法は明治四一年に制定された法律であるけれども、現行憲法の施行にともない、法三四条の規定は、在監者の享有する生存権を糧食について具体化したものであつて、憲法二五条一項の法意に照らし、在監者の体質、健康、年令、作業等を基準として、在監者がその健康を保持するにつき必要な最低限度の糧食の支給をなすべきことを定めた規定であると解すべきである。そして、規則九四条一項が法三四条を更に具体化し、「在監者ニ給与スル糧食及ヒ分量ハ左ノ如シ一、飯(米十分ノ四麦十分ノ六)一人一回米一四八瓦以下 麦一六八瓦以下 二、菜一人一日三十五円以下(ただし、昭和三九年四月一日施行同年法務省令四七号による改正前は三十円以下)」と規定しているのである。行政庁たる刑務所長の受刑者に対する糧食給与行為は、右法三四条、規則九四条一項の具体化ないし執行にほかならないから、右法令の定める範囲内で、刑務所長はこれに覊束されるのであつて、同行為は刑務所長の覊束裁量に属する性質を有する処分であるといわねばならない。刑務所長が、規則九四条一項の範囲内で、当該受刑者につき、いかなる分量の主食(飯)を定め、いかなる種類分量の副食(菜)を選択するかは、その裁量に委ねられているけれども、この場合といえども、刑務所長は、法三四条により受刑者の健康保持のため必要な最低限度の糧食を給与しなければならないのであつて、これに反する限り、限定された範囲内での自由裁量の当不当の問題をこえて、違法とされるものである。

本訴において、原告は前記期間原告に対して被告のなした四等食糧食給与について、右覊束裁量行為の前提たる法三四条、規則九四条一項じたいが違憲違法であることを主張し、かつ、主食の分量、副食の品質、別菜の欠如、主副食の不均衡等が違憲違法であると主張するものと理解される。そして、本件糧食給与処分は、本件口頭弁論終結時現在のものに引き続いて将来も原告が被告により拘禁される限り引き続き同様の糧食の給与されるものであることが明らかな反覆的・継続的性質を有するものであり、これを違法とする判決の拘束力による予防的効果を期待することができるから、抗告訴訟の形式において、その取消(違法状態の排除)を求める法律上の利益は肯定される。

したがつて、本件糧食給与処分取消訴訟は、具体的権利関係に関する争訟として許容されるべきであつて、被告の本案前の主張は理由がない。

二(原告が給与を受けた糧食)

原告が昭和三九年二月七日から大阪刑務所に在監する受刑者で、同月二六日から昭和四一年九月五日口頭弁論終結時までの間、被告から規程所定の四等食の糧食の給与を受けたこと、右四等食の主食(飯)が一回一合四勺(米四麦六の割合)であることは、当事者間に争いがない。

<証拠>を総合すると、原告が明治四五年六月一五日生(口頭弁論終結当時五四才)の男子であること、原告は昭和三九年二月二六日から昭和四一年九月五日口頭弁論終結時まで平日一日八時間居房内で規程所定軽労作に属するビーズ玉通しの作業をしていること、原告が給与を受けた副食(菜)の価格は、昭和三九年二月二六日から同年三月三一日まで一日二七円、同年四月一日から昭和四〇年三月三一日まで一日二七円九〇銭、同年四月一日以降一日二九円三〇銭であることが認められる。

三(法三四条の当否)

原告は、法三四条が違憲の規定であり、かつ、受刑者に給与する糧食の分量を具体的に定めない不当の規定であると主張する。

法三四条が、憲法二五条一項の法意を推し進め、在監者の糧食につき具体的にその基準原則を定めた規定であり、在監者がその健康を保持するに必要な最低限度の糧食を給与すべきことを定めたものであることは、先に示したとおりである(鑑定人滝川春雄の鑑定の結果によると、令六七条の「受刑者ノ糧食飲料其ノ他健康ヲ保持スルニ必要ナルモノハ階級ニ依リ区別スルコトナシ」との規定も、法三四条が右のような趣旨の規定であることを前提とし、いわば、これを確認したうえでの規定であると解すべきことが明らかである。)。すなわち、法三四条は、憲法二五条一項の理念を推進し具体化した規定でこそあれ、これに違反するものではない。

法三四条は在監者に給与する糧食の分量を具体的に定めていない。しかし、これを法律をもつて規定しなくてはならないとする法的根拠は存しない。監獄法は、その委任命令ないし執行命令がこれを定めることを予定しており、同法と同時に制定施行された規則の九四条がこれを定めている。立法技術上、これを固定的な性質のものとして法律をもつて定めないで、社会生活の変化、物価の変動等にともなつて、絶えず、これに対応した改訂ができるようにしてあるのであつて、むしろ、この方法をとることにより法三四条の企図する在監者の健康保持上必要最低限度の糧食につき、迅速かつ適正に実現することをはかつているのである。もし、規則により、右最低限度に足りない糧食の分量を定めたとすれば、当然その規定は法三四条に(したがつて憲法二五条一項にも)違反しその効力は否定されるべきである。しかし、理論上、そのような事態が起り得る可能性があるからといつて、そのことから逆に法三四条が不当とされねばならないものではない。

法三四条の規定に関する原告の主張は、すべて失当である。

四(規則九四条一項の当否)

(一)  つぎに規則九四条一項について、まず、同規定が、憲法二五条一項、法三四条に則し、在監者の健康保持のため必要な最低限度の糧食、具体的にいうと健康保持上必要最低限度の栄養量のある糧食を確保している規定であるかどうかを判断するとして、同規定の定める主食の分量、副食の価格の各最高限度の枠内で果して在監者の健康保持のため必要な最低限度の糧食を給与することが現実に可能であるかどうかを検討する。

(1)  <証拠>を総合すると、被告をはじめ各監獄の長の在監者に対する糧食の給与は、大臣訓令である規程に基づいて行なわれているが、これによると給与する主食の等級別給与量は、別紙被告準備書面記載第一表(カロリー表示)ならびに第四表上欄(グラム表示)のとおりであり、その成分別栄養量は右第四表下欄のとおりであること、右主食の等級の標準となるべき労作別、性別、年令別は別紙被告準備書面記載第二表のとおりであること(昭和二四年七月一日施行同年法務府矯保甲四七号法務総裁訓令、昭和三六年一月一〇施行昭和三五年法務省矯正甲一〇四七号法務大臣訓令、昭和三五年法務省矯正甲一〇四七号の二矯正局長通達)。又、在監者に給与する副食の一人一日の標準栄養量は別紙被告準備書面記載第三表のとおりであること(昭和三八年九月一日施行同年法務省矯正甲七〇四号法務大臣訓令)が認められる。

(2)  <証拠>を総合すると、昭和三五年厚生省公衆衛生局栄養課が同省栄養審議会栄養基準部会の厚生大臣に対する答申に基づいて発表した「新しく採用された日本人の栄養所要量」は、日本全国につき都市農村漁村山村等地域別に無作為抽出をした調査の結果によるものであつて、現在、栄養学上、もつとも新しく、もつとも客観的な信頼し得るものであるが、これによると、「成人男子の労働(一日八時間)強度別栄養所要量」は別表のとおりであること、右栄養所要量は、健康保持のための必要最低限度のもの、すなわち栄養必要量を意味するものではなく、これに若干の安全率を加味した量であること、但し、右栄養所要量は、動物性たんぱく質、脂肪については所要量を定めなかつたが、これは栄養学上実験的にその所要量が決定し難いため公の発表であることからも発表を差し控えているものであることが認められる。

(3)  <証拠>を総合すると、規程が主食の等級を区別する標準とする労作区分は、優に別紙被告準備書面記載第五表のとおり前記「成人男子の労働強度別栄養所要量」の定める労働区分と対応することが認められる。

そこで、右労働区分の対応を前提として、前記「成人男子の労働強度別栄養所要量」(別表)と、規程による主食の栄養量(別紙被告準備書面記載第一表、第四表)ならびに副食の標準栄養量(別紙被告準備書面記載第三表)の合計とを比較すると(もつとも、前者は動物性たんぱく質、脂肪について所要量を掲げていないので、右二項目は比較できない。)、規程所定の栄養量(主食、副食の各栄養量の合計)は、前記「成人男子の労働強度別栄養所要量」を下廻つていないことが明らかである。すなわち、規程所定の主食ならびに副食の各栄養量は、在監者の健康を保持するため必要最低限度の栄養量を確保しているということができるのである。

(4)  <証拠>を総合すると、大阪刑務所についてみると、昭和三九年四月から九月まで半年の間において、被告は給与係長技官(栄養士)小笠原勇に、各月上、中、下旬ごとに副食の予定を立てさせ、法務省矯正局が全収容施設につき実態調査をした結果に基づき作成し(昭和三六年一二月)栄養学上も信頼できる食品群別荷重平均成分表によつて、その栄養量を算出し、おおむね予定した食品を使用し、規程所定の主食ならびに副食標準量を充分に確保した(したがつて、前記「成人男子の労働強度別栄食所要量」を優に確保した)糧食の給与を実行し、副食については実行後に前記食品群別荷重平均成分表により栄養量を確認していること(右期間の内、昭和三九年四月から同年六月上旬までの一人一日の栄食量は、副食のみについてみると別紙被告準備書面記載第七表(一)のとおりであり、これを主食の栄養量と合算すると同表(二)のとおりとなる。)が認められ、証人小笠原勇の証言(第一回)、弁論の全趣旨を総合すると、右期間の前後も右同程度の栄養量を確保した糧食の給与が行なわれたと推認され、以上の認定をくつがえすに足りる証拠はない。

原告は被告の給与する副食には品質不良で食べられないものがあるから献立上の栄養量は二〇%ないし三〇%を下廻る旨主張する。

<証拠>を総合すると、昭和三九年四月から昭和四一年二月まで二三ケ月間に鯨肉が一ケ月平均一三回、その内挽肉としないもの約八回の割合で使われたこと、ところが、右期間のうち昭和三九年中から昭和四〇年中頃までの間は、月二回位鯨肉がカツレツのような大きさの形のあるものとして使われたけれども、このような鯨肉については五回に一回位の割合で(従つて二、三ケ月に一回位の割合で)筋があるため原告は歯が立たず食べられないことがあつたこと、昭和三九年四月から同年一二月までの九ケ月間に、鰺の干物は一二回使用されたが、鮮度劣悪で腐敗直前のものが多かつたこと、昭和四〇年一二月一日頃から同月二一日頃までの間に約七回甘薯が使用されたが、内四回位は、黒く変色し、或はガリガリ(ゴリゴリ)で原告が食べられなかつたものが入つていたことが認められ、これをくつがえすに足りる証拠はない。

しかし、鑑定人高木和男の鑑定の結果によると、腐敗直前の干魚は、味がまずいということはいえるが、すくなくとも栄養的観点からみるときは、たんぱく質はそのままであり、未だ腐敗による中毒物質は生じてなく、たんぱく質の一部分解はあつても問題はないこと、いもはガリガリ(ゴリゴリ)程度では、澱紛の変質のないことが認められる。又、同鑑定の結果によると、鯨の筋肉は、固いところは煮た程度では消化できないことが認められるのであるが、右のような筋の部分を含む鯨肉、黒変等の部分のある甘薯は、その給与量のうち不可食分の率を厳密に計算するまでもなく、右認定程度の頻度にとどまるものであるから、それ自体不当であるにしても、相当の長期間にわたる前記栄養量の内容のある副食であることからすると、これを違法のものとして顧慮しなくてはならない程度の数値ではないというべきであり、原告のいうように献立上の栄養量の二〇%ないし三〇%の欠如といえるようなものではない。

なお、付言すると、<証拠>によると、受刑者に対する糧食の給与は集団給食であるため一般家庭の食事の程度にまで不純物の混入を避けることは期し難く、また、一回一回各受刑者に実際に出された糧食の分量種類は、ある者は多く、ある者は少なくというように若干の差が出ることも避け難いこと、しかし、これらも、たとえば一〇日間位経過し、多数回繰り返して給与を続けるうちには、違法のものとして顧慮すべき性質のものではなくなることが認められる。

(5)  <証拠>を総合すると、昭和三八年八月に行なわれた第三回矯正施設収容者栄養状態調査は、無作為抽出した成人男子受刑者等の一〇%を対象とした調査で、その結果は信頼し得るものであるが、これによる調査結果は別紙被告準備書面記載第六表のとおりであること、すなわち、右調査にあらわれた受刑者の栄養量摂取量は、前記「成人男子の労働強度別栄食所要量」と対比しても遜色があるとはいえないこと、特定の栄養素の欠乏が最も主要原因とみられる身体症候である貧血、口角炎、毛孔性角化症、腱反射消失、ひ腹筋圧痛、浮腫等の発現率は一般国民と同程度とみられることが認められる。

(6)  規則九四条一項は副食の価格につき一人一日三五円以下(昭和三九年三月三一日までは三〇円以下)と最高限度を定めているが、右限度で規程所定の副食標準量を確保した副食の給与が実行できるのかどうかについてみる。

<証拠>を総合すると、法務省が昭和四〇年度(同年四月一日から昭和四一年三月三一日まで)に配賦を受けた歳出予算の予算参考書によれば、六万四〇〇〇人(昭和三八年度実人員)の在監者に対し食糧費一七億円余、内成人受刑者五万一〇〇〇人の食糧費一四億円余、右一四億円余の内副食費五億四八九五万六〇〇〇円一人一日単価二九円四九銭が積算されていること(被告人被疑者の分は二七円三八銭、少年受刑者の分は三三円七二銭をもつて積算されている。)、そして、当局は、右副食費の単価二九円四九銭を基にして、受刑者の年令別、物価その他災害等による地域差、給食規模の大小、自給野菜の有無その多寡等を考慮して各刑務所ごとに具体的な単価額を指定したが、分類処遇上成人男子を収容し、その数三〇〇〇人余の大模様な大阪刑務所については、指定額を二九円三〇銭としたこと、大阪刑務所のそれまでの指定額も右同様の経過で定められたものであるが、昭和三九年二月一日から同年三月三一日までは二七円、同年四月一日から昭和四〇年三月三一日までは二七円九〇銭であつたこと、特別に指定額を高くする必要のある収容施設の場合でも、規則において一人一日三五円以内(昭和三九年三月三一日までは三〇円以下)と定めておけば、実際の運営上支障がないとして、これを予算執行上の目安とする趣旨から規則九四条一項の副食費の最高価格が定められていること、ところで各監獄とも多かれ少なかれ云えることであるけれども、大阪刑務所の場合についてみると、前記指定額は、人件費、光熱費、水道費は含まれず、副食品原料と調味料だけをまかなうものであるが、安価で栄養価の高いビタミンB1、ビタミンB2、強化麦、ビタミンA、ビタミンC、カルシウム強化等の食品の使用、魚肉鯨肉の使用、自給野菜の国からの低廉な価格での購入、小売商を経由しないで仲買業者からの入札の方法等によるトン単位というような大量購入により生鮮食品類の小売価格の二分の一、四分の一程度の価格での調達、貯蔵可能食品について購入時期を選択し刑務所内の広大な食品貯蔵倉庫における貯蔵、以上のような努力によつて、一般家庭とは比較にならない低廉な価格で、しかも集団給食を行なう病院工場等よりも低廉な価格で、原料品調味料を確保し、前記指定額の範囲内で規程による副食標準栄養量を有する副食を給与していることが認められる。

(7)  当裁判所の調査嘱託の結果によると、生活保護法による保護の基準(昭和三九年四月から同年一二月まで、一級地の場合)における男子一人月額飲食物費中、副食費は、年令に応じ一七五〇円ないし一四七五円(一日に換算すると五八円強ないし四九円強)とされているが、右額は、一日の所要カロリーを基準として、家計実態調査結果に基づく単価により算出したものであることが認められるのであつて、一般家計を前提とする保護の基準における副食費の金額は、特殊な集団給食を行なう刑務所の場合と比較するのに適切な資料でないことが明らかである。

又、原告がいう陸上自衛隊において隊員に支給する食事の基準も、国の防衛を主たる任務とする自衛隊において国民の負託にこたえることを服務の本旨とする隊員に関するものであつて、在監者の糧食の基準と比較するのは適切でない。

したがつて、右二者の副食費の基準額と規則九四条一項所定の副食費の額とに差があることから、直ちに在監者の副食費の定めが違法であるとはいえないのである。

以上のとおりであるので、大阪刑務所をはじめ各監獄の努力によつて行なわれている、低廉な原価が栄養所要量を確保した糧食給与の実状、その成果等に照らし、規則九四条一項の定める主食の分量、副食の価格の各最高限度に関する限り、すくなくとも在監者の健康保持のため必要な最低限度の糧食の給与をすることを定めた規程であるということができるのであり、違憲違法の点はない。

(二)  つぎに、規則九四条一項の定める主食(飯)の米一〇分の四麦一〇分の六の割合についてみる。

現在の国民一般家庭における食生活上、右のように麦を大量に混ぜた主食が摂取されていないことは、当裁判所に顕著な事実である。

<証拠>を総合すると、戦前昭和一八年に現在の規程所定主食五等級に改訂されたが、それまでの在監者に対する糧食の給与は、当時の国民一般の米飯主食偏重の傾向にならい、主として主食(飯)の分量を多くとるということに重点を置き、請求原因二、(ニ)、(ロ)記載の表の上欄のように主食を大量に給与するものであつて、いきおい、価格の低廉な大麦を多く混入することとなり、米一〇分の四麦一〇分の六の割合がとられてきていること、現在、大阪刑務所をはじめ各監獄で給与されている主食(飯)は、右米のうち三分の二が内地米であるけれども、三分の一が外米であり、右麦は大麦であること、今日において、なおも、このように麦を使用するとされているのは、例えば昭和四〇年度法務省歳出予算参考書の積算基礎によると、キログラム単価が、内地米一〇〇円二〇銭、外米六九円四一銭、大麦四一円であることからも判るように、依然として麦の価格が極めて低廉であることと、しかも営養学上の見地からは、在監者に対する糧食によると動物性たんぱく質が少ないところ、大麦が米とほぼ同程度に動物性たんぱく質を補う熱量源であるといえることとからであることが認められる。

ところで、<証拠>も併せて、考えてみるのに、なるほど、米一〇分の四麦一〇分の六の割合による主食(飯)は、国民一般の食生活感情からすると、これとかけはなれたものではあるけれども、これが人間としての尊厳を侵し、人間として摂取できない食物であるとまでいうことはできない。したがつて、この意味において、すくなくとも憲法二五条一項にいう生存権を侵害するものとはいえない。

憲法二五条一項を具体化した法三四条の趣旨は、先に示したとおり在監者の健康を保持するため必要な最低限度の栄養のある糧食を給与することを要件とするものであるが、同時に右要件をもつて足りるとする規程である。そして、在監者に対し給与される主食(飯)が副食(菜)と相まつて右法三四条の要件を充足していることは、前記理由四、(一)認定のとおりである。これを要するに、規則九四条一項が主食(飯)について米一〇分の四麦一〇分の六と定めているのは、何ら違憲違法とすべき点はない。

よつて、規則九四条一項じたいに、憲法二五条一項、法三四条に違背するところはないというべきである。

五そこで、被告が前記法三四条、規則九四条一項に基づいて、原告に対してなした本件糧食給与そのものについて、以下、順次原告主張の違法の存否を検討する。

まず、原告は主食(飯)が飢餓線上の分量であり異常な空腹感を感ずると主張する。

規程による四等食の主食(飯)の分量が、四等食相当労作につき戦前昭和一八年に主食の等級が現在の五段階の等級に改める前に給与されていた分量より少ないことは、前記理由三、(二)認定事実、弁論の全趣旨を総合すると、これを認めることができる。しかし、現行四等食の主食(飯)の分量が副食(菜)と相いまつて在監者の健康保持のため必要最低限度の栄養のあるものであることは前記理由四で明らかにされたところであり、これをもつて飢餓線上の分量であるというのは失当である。

ところで、いかに栄養所要量を確保した糧食が給与されていても、これによる空腹感が極端なものであり、通常人として飢餓感をともない耐え難い苦痛を受ける程度のものであるとすれば、憲法二五条一項の趣旨に鑑み、その糧食の給与が違法とされる場合も考えられよう。

<証拠>を総合すると、原告は昭和三八年五月五日逮捕されてから城東警察署において引き続き身柄の拘束を受け、同年九月一一日大阪拘置所に移監され、昭和三九年一月七日懲役刑に処する裁判が確定し、同年二月七日大阪刑務所に移監されたもので、同月二五日までは大阪拘置所において(被告人又は受刑者としての)五等食の給与を受け、大阪刑務所においても五等食の給与を受けていたが、主食(飯)一回一合二勺の右五等食につき、既決となつてからは糧食の自弁(いわゆる差入)も許されず拘禁前や未決当時と事情が変つたのに伴い、満腹感が得られないという程度の空腹感を有したに過ぎないこと、しかも本件の不服の対象とする四等食については、もはや食欲の基礎となるべき正常健康人の有する空腹感以外に、五等食当時の右程度の空腹感を有していないことが認められるのであつて、原告のいう空腹感は、何ら本件糧食給与を違法とする性質のものではないから、原告の主張は失当である。

六つぎに副食の品質についてみる。

<証拠>を総合すると、本件糧食の副食は、高価な鳥獣肉、鶏卵、牛乳、乳製品等の原料の使用を極度に控え又は使用せず、もともと安価な(しかも、前記理由四、(一)、(6)のとおり、これを低廉な価格で調達した)鯨肉、ラード、マーガリン、魚肉、けずりぶし、ふりかけ、油揚、みそ、大豆、しゆんのキヤベツ玉ねぎなどの野菜、馬鈴薯、甘薯等を主として使用しているが、しかし、その品質は最下等劣悪品ではなく、安価なものなりに中等以上のものを使用していること、もつとも、職員の指導を受けた一般受刑者が、限られた設備により、限られた原料で、限られた時間内に、食品衛生の面も考慮しながら、多数受刑者の副食の調理をするため、一般家庭にみられるような副食の種類の豊かさは到底期待できない事情にあり、副食の種類に乏しいことが認められる。しかし、このような安価な食品の使用、副食の種類の乏しさは、健康保持のための必要な最低限度の栄養という観点からは問題とすることができないのであつて、法三四条には何ら違反するものではない。

原告主張のとおり筋があつて歯の立たない部分のある鯨肉、鮮度劣悪な鰺の干物、黒変した部分のある甘薯が、原告に給与されたことは、前記理由四、(一)、(4)で認定したとおりである。しかし、これらの給与が、健康を保持するため必要な最低限度の栄養をそこなう程度のものでないことも、前記理由四、(一)、(4)で認定したとおりである。また、これらの食品の給与も、その程度ならびに頻度からすると、種々の制約のある刑務所における集団給食としては、必ずしも、人間の尊厳を侵し憲法二五条一項の法意に反するものとまでは断定し難い。

ところで、<証拠>を総合すると、前記第三回矯正施設収容者栄養状態調査の結果として、受刑者に対する糧食は、一般国民と比較して、動物性たんぱく質が量的にも質的にも劣つていること、脂肪の少ないことが改善すべき点として指摘されていることが認められる。しかし、鑑定人高木和男の鑑定の結果によると、栄養上、牛乳、卵等は動物性たんぱく質(脂肪も多い。)として最上級のものであるが、絶対不可欠というものではなく、植物性たんぱく質によつても差支えのないものであることが認められる。受刑者に対する副食の価格の制限により、一般家庭の食事よりも動物性たんぱく質が量的にも質的にも劣り、脂肪が少ないことは、栄養上は、改善の方向としてはともかく、栄養所要量を確保する限り、法三四条に違反するものとはいえない。

七つぎに、別菜の有無についてみる。

<証拠>を総合すると、昭和七年頃には、行刑累進処遇令の処遇の階級第一級の者には、令六八条により、主食(飯)副食(菜)の基本糧食(令六七条)の外に、週三回、まんじゆうを給与していたことが認められる。しかし、同証言、鑑定人高木和男の鑑定の結果からも明らかなとおり、このような甘味品や果物の給与は、栄養上、栄養所要量が満たされている限り何ら必要とされるものではないから、別菜の支給がないからといつて、本件糧食の給与が違法とされるものではない。

八つぎに、主食(飯)副食(菜)の熱量摂取源としての不均衡の点についてみるのに、証人茶珍俊夫の証言、弁論の全趣旨を総合すると、日本人の熱量摂取は、もともと主食偏重の傾向にあつたため、現在では主食(飯)三分の二、副食(菜)三分の一の割合程度による熱量摂取が望ましいとされているけれども、国民一般の実状としては前者七五%以下、後者二五%以上の程度であるともいわれていることが認められる。原告が給与されている四等食は、主食(飯)二〇〇〇カロリー、副食(菜)六〇〇カロリー以上である。したがつて熱量摂取の比率は、大たい七七%対二三%を下廻らない。これは、国民一般の場合の比率にほぼ同じものである。そればかりではなく、<証拠>によると、主食(飯)から熱量を多く摂取するのを、直ちに、それがために健康に悪い影響を及ぼすと断定できるような性質のものでないことが、うかがわれる。

本件糧食の主食副食による熱量摂取の割合の均衡から、これを違法とすべき理由は見当らない。

九最後に、原告の健康状態についてみる。

<証拠>によると、昭和四〇年一〇月二一日原告診断結果は、栄養素の欠乏に伴う症候である貧血、口角炎、毛孔性角化症、ひ腹筋圧痛、浮腫、異常腱反射は見られず、その他胸部腹部の聴打診上の異常はなく、ただ糖尿病と高血圧症がみられること、右高血圧症は糖尿病の結果生じたものかも知れないこと、このことは原告が同年春から訴える腰部、右大腿部の神軽痛症状、手の指先の感覚異常等の自覚症状を説明できること、栄養の量的質的不足が直接右症状発症に関係があるとは医学常識としては考えられないことが認められ、これをくつがえすに足る証拠はない。又、<証拠>を総合すると原告の体重は、かつて第四回目の刑を昭和一五年五月(当時二七才)から昭和二一年一〇月(当時三四才)まで千葉刑務所等で受けたとき、四八・六キログラムから五七キログラムの間を上下していたこと、今回は第六回目の受刑であるが、昭和三八年九月一一日(当時五一才)大阪拘置所収容当時五〇キログラム、昭和三九年二月七日大阪刑務所移監当時六〇キログラム、以後昭和四〇年一〇月(当時五三才)まで原則として毎月一回の計量の結果では、五四キログラムから六〇キログラムまで、平均約五八キログラムであることが認められる。(なお、右鑑定の結果によると、右診断当時、原告の身長一五九・五センチメートル、体重五八キログラムであることが認められる。)

右のとおりであつて、本件糧食給与が原告の健康保持上悪い影響を及ぼしたと考えられるような疑いは何ら存在しないのであつて、規程所定の軽労作に就く成人男子である原告に対し四等食を給与する本件糧食給与につき、特に原告につき斟酌すべき(法三四条)点もない。

一〇結論

原告の主張、原告本人尋問、その他弁論にあらわれたところによると、本訴において、原告が強調力説するところは、要するに受刑者の糧食に対する国家の予算につき、単なる物価高による増額にとどまらず、飛躍的にその質的改善を可能ならしめる増額のあることを前提とし、主食(飯)の定量の自由化、主食における麦の大量混入の中止、副食(菜)からの熱量摂取比率の向上、鳥獣肉、卵、牛乳等栄養上最上級とされる動物性たんぱく質の豊かな副食の給与、調理上の不純物混入を避けること、副食の種類の潤沢化、ある程度の甘味品や果物の給与、食欲をそそり味覚を楽しませる糧食の給与等々が必要であるというのに帰する。そして、原告のいうところの多くの点において、行刑政策上も望ましいものがあることは疑いがない。しかし、本件糧食が右のような望ましい程度に達していないことと、そのことが本件糧食給与を違憲違法とするかということとは、おのづから別個の問題である。法律上は、受刑者に対する糧食の給与は、すくなくとも、その健康保持のため必要な最低限度の糧食が給与される限り、違憲違法とされないといわなければならない。

一一よつて、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。(山内敏彦 平田孝 高升五十雄)

≪被告準備書面省略≫

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